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中国史人物伝

勇猛な小心者 項羽と劉邦を恐れさせた刑余の王 英布(黥布)(前漢)(5) 欲為帝耳

英布(黥布)(4)はこちら>>

漢王朝の首脳たちのあいだでは、いくさ上手な将軍といえば、
韓信
彭越
劉邦
英布
の順である、という評価がされていたらしい。

韓信については、記すまでもないであろう。

彭越は、いわゆるゲリラ戦を得意とする武将である。

それゆえ、正規軍が征伐するのに苦慮することになろう。

項羽と戦って負けつづけた印象しかない劉邦がいくさ上手というのは、

違和感があるかもしれないが、

項羽と戦いつづけながら最後まで斃仆しなかったことをおもえば、

かれの将器は相当巨きいのではあるまいか。

猛将として知られる英布が劉邦より劣るとされるのも、おなじ理由であろう。

皇帝になった劉邦は、猜疑心のかたまりとなり、功臣を粛清しはじめた。

――味方にすれば頼もしいが、敵に回せば恐ろしい人物は、たれか。

を、考えれば、たれが標的にされるか、おのずと明らかになろう。

中国史人物伝シリーズ

英布(黥布)(1) 黥将軍
英布(黥布)(2) 裏切りの勧説
英布(黥布)(3) 新時代

目次

開 戦

「主上は老いて戦を厭うているゆえ、みずから兵を率いてきはせんじゃろう。
恐いのは淮陰(韓信)と彭越だけじゃが、どっちも死んでしもうた。ほかは、畏れるに足らん」
部将たちにたいし、そう豪語した英布は、まず東のかた荊(呉)を攻めた。
荊王劉賈は、敗走して富陵で死んだ。
英布は、つぎに淮水を渡って楚に攻めいり、楚軍と徐・僮の間で戦い、蹴散らした。
英布は、さらに西へ進んだ。
その先に洛陽があることをおもえば、英布の気宇はけっして小さくはない。
――坐して死を待つくらいなら、漢と雌雄を決せん。
英布には、領地を固守するという考えはなかった。
「皇帝が、みずから将となって攻めてまいります」
偵候がそう報せてきたが、英布は、
――まさか。
と、鼻哂しただけであった。

欲為帝耳

紀元前一九五年十月、英布は蘄の西にある会垂という地で、赤い軍団に遭遇した。
漢軍である。
「項王の陣を布け」
と、英布は命じた。
漢軍には、項羽をまだ恐れている者が多い。それゆえ、
――項羽が生き返ったのではないか。
と、見紛うことを期待した一種の脅しである。
「しゅ、主上――」
英布は、漢軍の陣を望見して、おもわずそう叫んでしまった。
劉邦が親征するという注進を受けたものの、思い込みから聞き捨てにしていた英布であったが、
劉邦のすがたをまのあたりにして、落胆した。
「何を血迷って叛いたんじゃ」
劉邦からそう訊かれ、
「皇帝になりたいとおもっただけだ」
と、英布は応じた。
このことばは、皇帝制の本質をうまくいい中てている。
始皇帝は周の封建制を否定し、皇帝が万民を直接支配する体制をつくりあげた。
そこには、王侯のような中間支配層の存在を認めなかった。
それゆえ、皇帝を斃した者が、取って代わって皇帝になれるのである。
ただし、英布は皇帝になりたいとおもったことはない。
もと刑徒であったかれにすれば、なに不自由なく暮らせれば、それでよかった。

寂 莫

「いてもうたれ」
劉邦が発したこの叫びが合図となって、両軍の兵馬が進みだし、激しく干戈を交えた。
英布の軍は、精鋭ぞろいであった。
しかし、天下平定後も各地を転戦してきた漢軍にしだいにおされ、ついに敗走した。
「このまま終わってたまるか」
英布は淮水を渡ってから何度も踏みとどまり、軍をたてなおしては追ってくる漢軍と戦うしぶとさをみせた。
それでも頽勢を挽回することができず、部下百余人とともに江南に逃げた。
英布は、再起を図るべくさまよった。
しかし、頼るあてもなく、英布は孤独を感じた。
この広い天下のどこに、天子にそむいた者が安息できる場所があろうか。
――項王の最期も、かようであったか。
英布は、天を仰いだ。
項羽の最期は哀愁を誘ったが、英布の末路は悲惨そのものであった。

彷 徨

――このまま江南をさすらい、摩滅してゆくしかあるまい。
そうおもわれた英布に、救いの手をさしのべてくれた者があらわれた。
「ともに越へ逃げませんか」
長沙王の呉臣が使者を遣わしてきて、そう誘ってくれたのである。
呉臣は、英布の舅にあたる呉芮の子である。
「持つべきものは、姻戚じゃ」
英布は大喜びし、何も疑わずにその誘いに乗った。
おぼれる者は藁をもつかむ、という。
しかし、英布がすがったのは、黄泉への郷導使といってよかろう。
英布は、呉臣の使者の案内で番陽の近くの茲郷まできた。
みおぼえのある光景に接し、
「あのころが、まるで昨日のようじゃ」
と、旗揚げしたころをおもいだして感慨にふけった。
「このあたりで、少しお休みされませんか」
そういわれて、いざなわれた農家での休息が、かれにとって永遠の休息になった。
ひと息ついて落ち着こうとしたところ、背後に殺気を感じた英布は、
農家にあらかじめ配置されていた刺客たちに襲われ、殺されてしまった。
勇猛で鳴らした英布にしては、呆気なく悲惨な最期であった。

補 遺

劉邦の死は、英布の死から半年ほど後のことであった。
英布との戦いで流れ矢に中り、その傷がもとで亡くなったのである。
その観点からすれば、項羽と劉邦の戦いを終わらせたのは英布であった、といえなくはない。

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