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中国史人物伝

長鋏帰らんか 孟嘗君の末年を支えた食客 馮諼(馮驩)(戦国 斉)

夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関は許さじ

百人一首にある清少納言の歌は、

孟嘗君(田文)が食客に鶏の鳴きまねをさせて函谷関を抜け、

秦から脱出した故事がもとになっている。

斉の王族で宰相も務めた孟嘗君は、食客を三千人もかかえたとされる。

馮諼(馮驩)

という斉人も、そのひとりである。

魯鈍な無為徒食の客にすぎなかったかれが、孟嘗君の厚遇に感奮し、

孟嘗君を禍から免れさせるくだりは、痛快である。

孟嘗君が斉の湣王に疎まれて鼎位を逐われ、逆境に遭うと、

食客たちの多くは、手のひらを返すように去っていった。

しかし、馮諼は孟嘗君に最後まで献身的に仕え、恩義に報いた。

馮諼がいなければ、孟嘗君は晦惑に陥り、晩節を汚したかもしれない。

中国史人物伝シリーズ

目次

長鋏帰らんか

馮諼は貧乏で、自立して暮らすことが困難であった。
――孟嘗君は、客を好む。
そう聞いて、馮諼は斉の宰相である孟嘗君(田文)に面会を求めた。
「先生は、はるばる遠くから、何を教えにきてくださったのか」
決して雄偉とはいえない体貌から発せられた声に、馮諼は親しみをおぼえ、
「君が士をお好みになられるとうかがいまして、貧しいこの身を君にささげようとおもい、まいりました」
と、力まずに言上した。
「さようですか」
孟嘗君は笑いながらそういって、馮諼を客として迎えいれてくれた。
孟嘗君の食客の宿舎は、
代舎
幸舎
伝舎
という三等級に分かれていた。
馮諼にあてがわれたのは、最下等の伝舎であった。
出される食膳は、菜食ばかりであった。
「長鋏帰らんか。食事に魚がない」
馮諼は、剣をたたきながら不満を歌にした。
十日経つと、馮諼は幸舎へ移された。
それで満足したかとおもいきや、馮諼はまた不満を歌った。
「長鋏帰らんか。外出するにも車がない」
五日経つと、馮諼は代舎へ移され、車を賜与された。
「孟嘗君の客になったぞ――」
馮諼は車に乗って友を訪ねては、そういってはしゃぎまわった。
それでも、馮諼の心は満たされない。
しばらくすると、また馮諼は不満を歌った。
「長鋏帰らんか。家族と一緒に暮らせない」
馮諼は孟嘗君の許可を得て老母を迎え、不自由なく暮らせるようになった。
――いつかきっと、ご恩に報いよう。
そう心に決めた馮諼は、もう歌わなくなった。

義を買う

「どなたか薛へゆき、貸金を取り立ててきてもらえませんか」
という孟嘗君の文書が、食客たちのあいだで回覧された。
孟嘗君は、封邑である薛から得られる税収で三千人いる食客を養ってきたが、
――このままでは、苦しい。
と、判じ、領民に金を貸し付けて利ざやを得ようとした。
しかし、一年以上が経っても、元本すら返ってこない。
孟嘗君はたまりかねて、貸金を取り立てることにした。
――ご恩に報いるのは、いまをおいてあるまい。
馮諼はそうおもい、応募した。
さっそく、馮諼は孟嘗君に呼び出された。
「貸金を取り立てていただけるとか」
馮諼は、孟嘗君からそう話しかけられて、
「ええ。ところで、取り立てたら、何か買ってまいりましょうか」
と、気を利かせた。
「そうですな……。では、わが家にないものを」
「承知いたしました」
馮諼は薛へゆき、孟嘗君から金を借りた者を全て集め、宴を催した。
宴が酣になった。
「証文をこれへ」
馮諼は、すべての借用書を集め、
「君のご命令じゃ」
と、いい、火中に投げいれた。
満座は立ちあがり、
「万歳」
と、叫び、再拝した。
馮諼は斉に戻り、早朝に孟嘗君に復命した。
「もう回収し終えられたとか。なんと疾きことよ」
孟嘗君は、馮諼をねぎらい、
「それで、何をお求めになられたのですか」
と、訊いた。
「君のために、義を買ってまいりました」
「どういうことでしょうか」
「君は薛という区々たる地を治めておられますが、民をわが子のように愛撫せず、
賈人(商人)のように利ざやを得ようとなされておいでです。
そこで、臣が君のご命令として証文を焼き捨てましたら、みな喜んでおりました。
これが、君のために義を買う、ということです」
馮諼の応えに、孟嘗君は憮然とし、
「ご苦労でござった」
と、不快げに返した。

狡兎三窟

「王よりも孟嘗君の名が高く、国政を専断している」
斉の湣王は、そのような讒言を真に受けて、
「寡人(諸侯の一人称)は、あえて先王の臣を臣とはせぬ」
と、孟嘗君を罷免した。
孟嘗君は封邑である薛へむかい、あと百里というところまできた。
数多の民が、老人を扶け、幼児の手を引いて、道中で孟嘗君を出迎えた。
孟嘗君は、馮諼の方をふりむき、
「先生がわれのために義をお求めなさったわけが、ようやくわかりました」
と、うれしそうに語った。
――君は、まだまだ天下に必要なお方じゃ。
そうおもう馮諼は、薛にはいると、
「ずる賢い兎は、いざというときに逃げ込める穴を三つもつことで、なんとか死を免れることができます。
いま、君には穴がひとつしかなく、まだ枕を高くして眠ることができません。
君のためにあと二つ穴をご用意いたしましょう」
と、孟嘗君に進言した。
「さようですか」
孟嘗君は愉しげに応じ、馮諼に五十乗の車と金五百斤を授けた。
馮諼はそれをもって魏へゆき、
「斉は、孟嘗君を放逐しました。真っ先にかれを迎えいれた国が、富強になりましょう」
と、魏王を説いた。
「宰相の席を空けて、孟嘗君をお迎えいたそう」
魏王は、そう応じ、薛へ招聘の使者を出した。
馮諼はそれを追い抜いて薛に戻り、
「魏王が、君をお招きになります」
と、孟嘗君に復命した。
「おお、では――」
「いえ、応じてはなりませぬ」
「なにゆえじゃ」
「斉がこれを聞きつけましょうから」
「あっ」
魏よりの使者が三たび薛を訪れてきたが、孟嘗君は固辞しつづけた。
すると、湣王から詫びの使者が訪れた。
これに応じて孟嘗君が鼎位に返り咲くと、馮諼は、
「先王の祭器を頂戴して、薛に宗廟をお建てなさいませ」
と、進言した。
祭器が賜与されると、馮諼は宗廟の建立を急がせた。
廟が完成すると、馮諼は、
「これで君には三つの穴がおありです。枕を高くしてお楽しみあそばされませ」
と、孟嘗君に復命した。
後に湣王は再び孟嘗君を放逐したが、魏王が孟嘗君を迎えいれ、宰相の位につけた。
馮諼の策が、功を奏したのである。

物の必至 事の固然

孟嘗君が湣王に罷免されると、食客たちは手のひらを返すように去っていった。
しかし、馮諼の機知もあって、孟嘗君は復位を果たした。
孟嘗君は、出迎えた馮諼をみると嘆息し、
「われは客を好み、粗漏などなかったつもりじゃ。それなのにわれが罷めさせられると、みな去ってしまい、
たれもわれのことを気にかけてはくれなんだ。いま、先生のおかげで復位することができた。
客どもは何の面目があってまたわれにまみえようや。
もしまたまみえようものなら、きっとその面に唾してやろう」
と、憤った。すると、馮諼は、
「物には必至(必ずそうなる結果)あり、事には固然(当然の理)あり」
と、孟嘗君を諭した。
「なんですか、それは」
「物の必至とは、死です。富貴になれば人が集まるが、貧賤になれば友が寡ない。これが事の固然です。
朝の市場には人が多く集まりますが、夕はまばらです。かれらは朝が好きで夕が嫌いなわけではございません。
夕には欲しいものが市場にないからです。どうか、君には客をお怨みなさいませぬよう」
「おっしゃる通りにいたしましょう」
そういって再拝した孟嘗君は、何ごともなかったかのようにふたたび食客を集めはじめた。

孟嘗君は、食客をよく遇し、よく用いた。
食客たちも、もっている技能を活かし、懸命になって孟嘗君に報いた。
孟嘗君が令名を保ち得た背景には、食客の存在があったことは間違いない。
その末年を支えた食客のひとりが、馮諼であった。
かれがいなければ、孟嘗君は晦惑に陥り、晩節を汚したかもしれない。

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