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中国史人物伝

妄執にとらわれ天下の帰趨を見誤った反国の王 魏豹(楚漢)

――この世から戦をなくしてほしい。

秦の天下統一の背景には、そのような人民の願いもあったろう。

しかし、秦は、それを、見事に踏みにじった。

人民は厳格な法で統制され、苛酷な労役など重い負担を強いられた。

さらに、秦は統一政策を急速に推し進め、

東方諸国にあった伝統的な秩序を否定し、東方の学問を破却した。

人民はもとの六国を懐かしみ、六国復活論を唱える識者も多かった。

始皇帝の死後に陳勝と呉広が蜂起すると、各地で叛乱が続発した。

陳勝はみずから王になったが、反秦勢力の首領のなかには、

かつて秦に滅ぼされた国王の末裔を王に擁立した者もあらわれた。

中国史人物伝シリーズ

目次

魏咎と周市

魏豹は魏の公子であったが、魏が秦に滅ぼされると、庶民に貶された。
紀元前二〇九年七月に蜂起した陳勝が八月に王になると、兄の魏咎とともに馳せ参じて従った。
陳勝は、魏人の周市に魏の地を徇えさせた。
周市は、十月に魏の略定を終えると、国人らから魏王に擁立された。
しかし、周市は、
「魏王の子孫を立てよう」
と、いって受けず、陳に魏咎を迎える使者を遣った。
これを受け、陳勝は十一月に魏咎を魏王とした。
魏豹は、兄に随って魏の都臨済にはいった。
魏咎は自分を擁立してくれた周市を宰相とし、恩に報いた。

訣 れ

紀元前二〇九年十二月に陳勝を破った秦の章邯軍が、翌月に魏に侵攻してきた。
「斉と楚に、援軍を請うてまいれ」
魏咎からそう命じられた周市は、斉と楚の援軍を引き出して魏にもどってきたが、
章邯軍の返り討ちに遭い、戦死した。
訃報に接した際の魏咎の胸中は、いかばかりであったろう。
ほどなく、臨済は秦軍に包囲されてしまった。
――民を巻き込みたくはない。
魏咎は悩み抜いたすえに、章邯に降伏を申しいれた。
「あとは、頼んだぞ」
魏咎は魏豹にそういい遺し、火中に身を投じた。

魏の復活

――兄上、必ずや魏を――。
という決意を胸に秘めつつ、魏豹は楚に保庇をもとめた。
紀元前二〇七年に項羽が秦軍を破ると、魏豹は楚の懐王から、
「魏の地を徇えてまいれ」
と、命じられ、数千の兵を与えられた。
魏豹は魏の二十余城を攻め落とし、魏王に立てられた。
――兄上、魏が復活しましたぞ。
そう胸を張った魏豹は、精兵を率いて項羽に従い、関中に入った。

移 封

紀元前二〇六年、項羽は諸侯を封建した。
魏豹は、内心加増を期待していた。だが、あてが外れた。
魏豹は河東に移されて西魏王とされ、平陽に都するよう命じられたのである。
魏の東部は、項羽の領地になった。
――おのれ、いいところ取りしやがって。
魏豹は不満をいだいたが、武力で項羽にかなわないため、従容と封地へゆくしかなかった。

長 者

秦が滅んでも、天下の揺蕩はおさまらない。
漢王に封じられた劉邦が関中を平定し、紀元前二〇五年三月に臨晋から黄河を渡って魏に攻めこんだ。
「漢王は寛大な長者です。敵対すべきではありません」
魏豹は、重臣の周叔の進言を容れ、漢に帰属した。
魏豹は劉邦に従って東進し、四月に項羽が都としていた彭城を攻め陥とした。
しかし、項羽の反撃に遭って敗れ、項羽の怒りにはじきとばされたかのように西へ戻された。
それでも劉邦は滎陽で踏みとどまり、反撃態勢を整えようとした。
――漢王は、項王には勝てぬ。
魏豹はそのようすを、冷めた目でみた。
生まれながら王族であった魏豹は、劉邦に口汚く罵られるのが不愉快であった。
――漢王が、何だというんじゃ。微賤の分際で、たまたま時流に乗って成りあがっただけじゃないか。
魏豹は、胸裡で劉邦にそう毒づいた。
劉邦に愛相がつきた魏豹は、漢を見限ることに決め、
「母親の看病をいたしとうぞんじます」
と、劉邦に帰国を申し出た。

妄 執

帰国してから、魏豹は不安な日々を過ごした。
そのようなおり、
「よく中たるって評判の人相見がいますよ」
と、近臣に勧められた。
当時、人相見が流行っていた。
魏豹は、近臣から紹介された許負という人相見の女性に、妃妾たちの人相を観てもらった。
「きっと天子を生むでしょう」
と、許負がいったのは、薄姫の人相であった。
「まことか――」
驚嘆の声をあげたのは、薄姫ではなく、魏豹であった。
――われが、天子に……。
そう解釈した魏豹は、心中ひそかに喜び、
「河水(黄河)の渡しを絶て」
と、命じた。
「なりませぬ」
魏豹は周叔の反対に耳を貸さず、黄河の渡しを封鎖して漢にそむいた。

緩 頰

秋になると、漢王からの使者として、酈食其が魏豹のもとへやってきた。
――われを説こうというのか。おもしろい。話だけはきいてやるか。
魏豹は胸裡でせせら笑いながら、酈食其を引見した。
「王は、天下がいずれに帰するか……」
魏豹は、酈食其が説述を展開しようとするのをさえぎり、
「人生は、白駒が戸の隙間を駆け抜けるほどでしかない。
漢王は傲慢で人を侮り、諸侯や群臣をまるで奴隷のように罵り、上下の礼節がない。もう会いとうない」
と、いいはなった。
――われは、天子になるんじゃぞ。
というおもいこみが魏豹の背中を押し、強気な発言にでた。
酈食其は説得をあきらめ、去っていった。
こうなると、漢軍との戦いは避けられない。
「蒲阪に兵を籠め、臨晋を塞げ」
魏豹は、将軍の柏直にそう命じた。

覚 醒

ほどなく、漢が魏討伐の軍を揚げた。
「敵将は、たれか」
「韓信です」
「ふん、これまではたまたま勝てたが、こんどばかりは相手が悪かったな」
そういって鼻哂した魏豹は、
――天子が負けるわけがない。
と、おもいこんでいる。
韓信は臨晋に到ると、河岸に大軍をならべ、黄河に船を連ねた。
「その船は、黄泉ゆきよ」
と、嗤いながら待ちかまえていた魏豹のもとに、
「安邑が、漢軍に攻められました」
という報せが飛びこんだ。
――いったいどこからきたんじゃ。
魏豹はおどろき、安邑の救援にむかった。
ところが、曲陽で漢軍に遭遇し、撃退されて敗走し、東垣で捕らえられた。
捕縛されて、魏豹は妄執からようやく覚醒した。

生と死と

魏豹は駅伝の馬車で滎陽へ送られ、劉邦のまえに引き据えられた。
「二度とわれに会いとうない、と酈食其にいったそうじゃが」
劉邦から嫌味をいわれ、魏豹はすっかり恥じいってしまい、なにもいい返すことができなかった。
「覚悟はできておろうな」
死を目の当たりにして、魏豹は生への執着心をみせ、
「こんどは心をいれかえてお仕えいたしますゆえ、
もういちどだけ機会をいただきますようお願い申しあげたてまつります」
と、いのちを乞うた。
劉邦は、苦笑するしかなかったであろう。
「周苛や樅公とともにここを守れ」
これが、劉邦の沙汰であった。
魏豹は、殺されなかった。
だが、処刑よりも非情な仕打ちを受けたかもしれない。

落 命

劉邦が、滎陽を去った。
ほどなく、滎陽が楚軍に攻め囲まれた。
楚軍から日々苛烈な攻撃を受け、落城は必至の状況に追い込まれた。
――なんとか生き延びたい。
そのためには、楚に寝返らなければならない。
――とにかく、周苛を説かねばならぬ。
魏豹がそう考えていると、
「反国の王となんか、ともに守れようか」
と、周苛からいきなりいわれ、斬り殺された。

補 遺

薄姫が天子を生む、という許負の予言はどうなったろうか。
魏豹の死後、薄姫は劉邦の後宮にいれられた。
美女たちが妍芳を競いあう中で、薄姫は愛顧を得られなかった。
だが、一度だけ劉邦の寵幸を受ける機会を得た。
その一夜の契りでなんと薄姫は身ごもり、男児を授かった。
恒と名づけられた王子は、後に皇帝に擁立された。
これが、名君の誉れ高い文帝である。

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