善は衆の主 苦悶の宰相 欒書(欒武子)(春秋 晋)(6) 内憂外患
晋楚二大国が宋の華元の周旋で交わした不戦の盟約が、
わずか4年で破られようとしている。
楚が晋の盟下にあった鄭を引き抜き、晋の盟下にある国を攻めさせた。
三郤とよばれる郤氏の三人の卿(郤錡・郤至・郤至)が、
厲公の意に沿うように交戦を主張すると、多くの大夫がそれに同調した。
しかし、次卿(副宰相)の士燮だけが、厭戦を主張して譲らない。
欒書は、国恥を避けるべく、出師を決めた。
もはや、楚との三度目の大戦は避けられないのであろうか。
中国史人物伝シリーズ
欒書(1) 邲の戦い
欒書(2) 善は衆の主
欒書(3) 揺蕩
欒書(4) 不戦条約
目次
蒐
厲公六年(紀元前五七五年)春、欒書は厲公の聴許を得て蒐(軍事演習)をおこない、
つぎのように軍の編成をおこなった。
中軍 将 欒書 佐 士燮
上軍 将 郤錡 佐 荀偃
下軍 将 韓厥
新軍 佐 郤至
下軍の佐の荀罃は、留守させた。
かれには、二十二年前の邲の戦いで楚に捕らえられたのち、帰国をゆるされた経緯がある。
——知伯(荀罃)は、楚と戦いたくないであろう。
と、配慮したゆえの配置である。
そして、欒書は、嫡子の欒黶を魯へ、新軍の将郤犨を衛と斉へ遣り、援軍を要請させた。
渡 河
四月戊寅(十三日)、晋軍が出陣した。厲公の親征である。
――あの戦いは、君のお出ましがなかったため、諸将が元帥の命に従わなかった。
欒書は邲の戦いの敗因をそう分析し、郤氏が元帥たる自身の号令に従わない可能性も考え、
厲公に出陣を仰いだ。
五月に、晋軍は河水を渡った。
「楚師、近づきたり」
との報せを受け、晋の諸将は、軍議を開いた。ここでも、士燮は、
「こちらが偽って楚軍から逃げれば、憂いは緩まろう。諸侯を合わせるなんて、われらにはできぬ。
有能な者にとっておこうじゃないか。ここは退いて群臣が輯睦して君に仕えれば、それでよいじゃないか」
と、引き揚げを主張した。
無理もない。
四年前に楚と不戦の盟いを交わしたのは、ほかならぬ士燮その人なのである。
むろん、諸将はみなそのことを忘れてはいない。
しかし、たれも士燮に同調しない。
それゆえ、欒書も、
「それは、いけない」
と、士燮をなだめるしかなかった。
内憂外患
晋軍は進軍をつづけ、鄢陵で楚軍と出くわした。
鄭軍も鄢陵に到り、楚軍に合流した。
この期に及んでも、士燮は、
「人君たる者は、その民を正すことに成功してから国外で武威を発揮する。
それゆえ国内は和合して外国は恐れるという。
いま、晋の司寇は庶民にたいしては刀鋸を毎日すり減るように使うのに、大夫にたいしては斧鉞を用いない。
国内で行わない刑を国外で行いようがないではないか。戦いは刑であり、敵の過ちを罰するのだ。
過ちは大夫から生じ、怨みは庶民から生じる。ゆえに恩恵を施して怨みを除き、刑を忍んで過ちをなくすのだ。
庶民に怨みがなく、大夫に過ちがなければ、武徳によって国外の服従しない者を罰することができる。
いま、晋は大夫に刑を執行せず、庶民に刑を執行している。これではたれに対して武威をふるうのか。
武威が発揮されずに勝つには僥倖である。僥倖で政治をおこなえば、必ず内憂があろう。
それに内憂も外患もないのは聖人だけである。
聖人ではないのだから、内憂と外患のどちらかがある方がよい。
患えが外にあるのなら、まだ救いがあろう。疾病が中から起これば、救うのが困難になろう。
なにゆえ楚と鄭を放置しておいて外患にしないのか」
と、疑問を投げかけてきた。
外患たる敵を前にしての士燮の発言は、諸将の胸裡に響かないどころか、かえって怒りを買い、
「韓原の戦いで恵公は凱帰なさらず、邲の戦いで荀林父は敗れてしまいました。いずれも晋の恥です。
あなたも先君のことはご存知のはず。いま、われらが楚を避ければ、恥を増やすだけです」
と、郤至に詰め寄られてしまった。しかし、士燮は負けじといいかえした。
「先君が戦ったのには、わけがある。
秦、狄、斉、楚はみな強く、力を尽くさなければ、子孫は弱められてしまうであろう。
いまや、秦、狄、斉が服しており、敵は楚のみである。内外に患いがないのは、聖人だけである。
聖人でなければ、外が安寧であれば、必ず内憂がある。
楚を捨ておいて外懼としておいた方がよいではないか」
士燮は交戦を嫌ったというよりも、
戦って勝った後に厲公や三郤が増長してしまい、手がつけられなくなることを恐れたのである。しかし、
——楚という外敵があれば、それは抑えられよう。
と、士燮は踏んだのであろう。
これは、欒書がかねてからいだいていた懸念そのものであった。
それに、郤至は楚へゆき、共王と盟った当人ではないか。
「盟約は、そんな簡単に破ってよいものなのか」
と、詰ってやりたいくらいであった。
士燮は長広舌をふるったものの、たれも同調してくれず、ひとり浮いてしまっていた。
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