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中国史人物伝

一諾 季布(前漢)(1)逃走中

「季布の一諾」

という故事成語をご存知であろうか。

「絶対に裏切らない堅い約束」の意で用いられる。

季布は、秦を滅ぼして覇王を名告った項羽の部将であった。

劉邦は項羽を滅ぼすと、項羽の臣下を執拗に捜索させた。

逃げ匿れた季布は、漢の世で日の目をみることができるであろうか?

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目次

楚の名将

季布は楚の出身で、任俠を気取り、平素より強きをくじき、弱きを助けることを好んだ。
そんな気質もあって、同郷である項梁や項羽が秦討伐の兵を挙げると、それに参加した。
項羽の部将となった季布は、項羽とともに常に戦線に立ち、手柄を挙げた。
項羽と劉邦が争うようなると、季布は戦場で何度も劉邦に打ちかかった。
そのたびに、劉邦は死を覚悟させられた。
当初圧倒的に優勢であった項羽に属いていた諸侯がつぎつぎと離叛し、劉邦に寝返った。
その結果、劉邦率いる漢軍の勢力が強大になり、項羽率いる楚軍は次第に劣勢に追い込まれた。

垓下にて

紀元前二〇二年十二月、楚軍は垓下で漢軍に包囲された。
兵は少なく、食糧もほとんど尽きかけていた。
楚軍の全滅は、時間の問題であった。
夜になると、四面から楚の歌が聞こえた。
楚の兵士が望郷にかられ、楚の陣からつぎつぎと逃げ出した。
「おっ、おい」
季布は脱走しようとする兵士たちを引きとめようとしたが、すぐにあきらめた。
連れ戻そうとすれば、かえって殺されてしまいそうな気配があった。
――大変なことになった。
季布はあわてて項羽のいる本陣へ駆けていった。
本陣に入ると、項伯、鍾離昧ら諸将が悲痛な面持ちで集まっていた。
「大王は――」
「酒でつぶれて寝込んでおられる」
――終わったな。
季布の中で、何かが音を立てて崩れ落ちていった。
「これからどうする」
「どうするとは」
「いまなら雑兵に紛れて逃げ出せるが……」
そういわれて、季布は、
――大王を見棄てるのか。
とはいわなかった。かれの心中には、わだかまりがあった。
二年ほど前、項羽は軍師の范増をはじめ、鍾離昧や季布など腹心の臣を疑い、遠ざけたことがあった。
項羽に疑われた范増は絶望して項羽のもとを去り、怒りで発病し、亡くなった。
後から劉邦の命を受けた陳平の策略であったとわかり、項羽は鍾離昧や季布たちに謝ってくれた。
しかし、それ以来、項羽と重臣たちの間には目にみえない隙間があった。
想えば、范増が去ってから、楚は急速に弱体化した。
――陳平か。
陳平は、もとは項羽に仕えていた人物であった。
陳平に限らず、項羽に仕えていた有能な人物がつぎつぎと項羽のもとから去り、劉邦に仕えている。
項羽がしてきたことは、結局敵を利しただけではないのか。
このままでは、そんな項羽に殉じて死ぬだけである。
――それでよいのか。
と、自問すれば、
「否」
と、答えるのが正直な心境である。まだ生きてやるべきことがあるのではなかろうか。
「これからは、めいめいがおもうようにふるまおう」
という結論を出して、諸将は解散した。
「われは、降る」
本陣を出た際に、臆面もなくそういい放ったのは、季布の異父弟の丁固であった。
――今降れば、処刑されないか。
そう危惧したが、丁固が、
「われは劉邦に貸しがあるんじゃ」
と、胸を張っていうので、それ以上何もいわなかった。
というより、自分たちの身の振り方を考えることだけで精一杯で他人のことをかまう余裕がなかったというのが正直なところであった。
季布は、韜晦することに決めた。
――生き延びれば、他日再起を期すことができる。
そう肚をくくった季布は、自陣に戻ると、甲冑を着替え、
――大王、おさらばでござる。
と、本陣にむかって軽く会釈してから、雑兵に紛れて楚の陣をあとにした。

落武者狩り

項羽は漢軍の包囲網を脱出して南へ逃げたが、結局自刎して果てた。
天下は、劉邦のものとなった。
落武者狩りが始まった。
「隠匿すれば、三族を処罰する」
劉邦はそう触れて、項羽の部下たちの捜索を命じた。
季布の首にも、千金の賞金をかけられたらしい。
潜伏生活をつづける季布の耳には、巷間からかつての同僚の消息が少しづつ入ってきた。
「項伯どのは、諸侯に取り立てられたそうな」
「しかも、項姓ではやりにくいだろうと、劉姓まで与えられたとか」
「しかし、愚かよのう」
「何がだ」
「丁公のことよ」
「ああ、あれはたしかに愚かじゃ」
――丁公だと――。
その名を聞いて、季布はおもわず耳を欹てた。
四年前、項羽が遠征に出かけている間に、劉邦が項羽の本拠地である彭城を攻め取った。
怒った項羽が遠征から引き返し、彭城を奪い返した。
逃走する劉邦を追撃したのが、丁固であった。
かれが劉邦と剣戟を交えると、進退窮まった劉邦が振り向いて、
「賢者ふたりがどうして苦しめ合う必要があろうか」
と、丁固に話しかけた。
ここで丁固がおだてにのって引き返したので、劉邦は窮地を脱することができた。
丁固がいった劉邦への貸しとは、このことである。
項羽が滅ぼされると、丁固は劉邦に謁見した。
劉邦は丁固をみるなり捕縛させ、
「丁公は項王の臣下として不忠であった。項王が天下を失ったのは、丁公のせいじゃ」
と、触れて軍中に引き回し、
「後世の者が、丁公をまねぬよう」
という理由で、ついに丁固を斬った。
――他人にかけた恩にこだわるからじゃ。
季布はそう吐き棄てた。
「鍾離昧が死んだぞ――」
しばらくすると、そのような報せが飛び込んできた。
鍾離昧は、同郷の友人であった韓信を頼ったという。
韓信は、張良や蕭何とならび劉邦の三傑とよばれる功臣で、項羽の死後、楚王に封じられていた。
ところが、劉邦から謀反の疑いをかけられ、身の潔白を示すために、鍾離昧の首をみやげにしようとした。
それをきかされた鍾離昧は怒り、
「あなたは長者じゃない」
と、叫び、自頸して果てた。
――やはり、あやつは股夫だ。
季布は、呆れるしかなかった。
股夫というのは、韓信が若い時、悪少年に脅されてその股をくぐらされたことからきている。
――匿うのであれば、最後まで庇い通すべきではないか。
静かにそう憤った季布の耳に、
「で、楚王(韓信)はどうなったんじゃ」
と、話のつづきが流れてきた。
「捕えられた」
「殺されたのか」
「いや、淮陰侯に格下げされただけじゃ」
劉邦が韓信を殺さなかった、もとい殺せなかったのは、後ろめたさがあったからであろう。
おそらく、劉邦は韓信が怖いから言いがかりをつけたのであろう。
韓信は、おのれの功にうぬぼれ、劉邦を信じ切っていたお人好しである。
韓信も丁固も、おのれが劉邦にかけた恩にこだわり、劉邦から向けられた恨みに気づかなかった。
要は、おのれに甘いのである。
そうおもえば、鍾離昧の末路も自らの行蔵が招いたものといわざるを得ない。
――あんなやつを頼るからだ。
韓信を呪うまえに、韓信の本性を見抜けなかったおのれの不明を恥じるべきであろう。
「あとは、季布だな」
このことばに、季布は我に返った。

人買い

――みつかれば、殺される。
垓下から逃げ出して以降ずっとそうおもっている季布は、濮陽の周氏を頼り、隠伏している。
項羽と戦っている間、劉邦は降服してきた者を優遇し、活用した。
が、項羽を滅ぼしてからは違った。
劉邦に降った者のうち、項伯はじめ項氏を諸侯にしたのは、項氏を絶やさないための例外であった。
季布は、劉邦のほとぼりが冷めるのを待った。
――みつかるのが先か。ほとぼりが冷めるのが先か。
いつまで待てばよいかはわからない。
それでもかれは、劉邦に、いや、天に赦されるまで耐え抜く所存でいた。
ところが、先に音をあげたのは、どちらでもなかった。
「漢は必死になって将軍を捜索しております。まもなくわが家にも追手がまいりましょう」
ある日、季布は周氏からそう告げられた。季布は、周氏のつぎのことばを待った。
「われの申すことをお聴き容れくださるのでしたら、計策がございます。さもなければ、ご自害なさいませ」
周氏は、季布にそう迫った。
――ここで死ねば、鍾離昧を嘲えまい。
それに、周氏が韓信に劣ってしまうことにもなりかねない。
周氏に汚名を被せたくない季布は、周氏を信じ、
「わかった。申す通りにいたそう」
と、応じた。
周氏は季布の髪を剃り、首枷をはめ、褐衣(粗衣)を着せて、広柳車(覆いのある車)に乗せた。
季布は、従容として顔色ひとつ変えなかった。
周氏は季布と数十人の奴隷を連れ、濮陽を発った。
一行は、黄河を渡り、東へむかい、魯にはいった。
魯は孔子を輩出した礼の国で、項羽が楚の懐王から魯公に封じられたため、最後まで劉邦に従わなかった。
魯といえば――。
季布の脳裡に、ある人物の名が浮かんだ。
車が、ある家の門前に停まった。
中からあらわれた人物と目があった。表情は柔らかいが、眼光に鋭いものがあった。
――朱家か。
季布は、おのれの予想が中たったことを識った。
朱家は任俠で知られ、礼にうるさい魯国にありながら、率先して貧しい人や困っている人を多数助け、それをまったく誇らないことで知られている。
――なるほど、周氏がわれを託すとすれば、かれしかいない。
周氏が何かをささやくと、朱家は小さくうなずいた。
季布をはじめすべての奴隷が朱家に引き渡された。

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