地面師事件から考える司法書士による本人確認の美学(1)積水ハウス地面師事件③怪文書
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2017年(平成29年)4月、T司法書士はS社のO次長から立会決済の依頼を受けた。
この取引は通常と異なり、売主→㈱I HD→S社というもので、中間に㈱I HDが入っていた。
ところが4月19日になって、中間会社の名義を㈱I HDからI HD㈱に変えてほしいとの申出があり、
翌20日に関係者が一堂に集まり、打ち合わせが行われた。
その席で、売主のEは、住所を書き間違えた。
それでも4月24日に仮登記を申請したのであるが……
調査報告書|積水ハウス株式会社 調査対策委員会
総括検証報告書|積水ハウス株式会社 総括検証委員会
立会決済 売主側司法書士ならどう動く?上 下
目次
- ○ 登場人物及び対象不動産
- ・登場人物
- ・対象不動産
- ○ 本人性
- ○ 調査結果
- ・仮登記完了時点での対象不動産の登記情報(権利部 甲区)
- ○ 内容証明1
- ○ 内容証明2
登場人物及び対象不動産
登場人物
E:対象不動産の所有者
O:S社マンション事業部次長
A:S社事業開発室課長(用地買収担当)
I:㈱I HD代表取締役
K:I HD㈱代表取締役 Iの交際相手
Z:Eの財務アドバイザーを名のる人物
T:司法書士法人J代表社員 EとI HD㈱の登記手続を担当
L:司法書士 I HD㈱とS社の登記手続を担当
対象不動産
東京都品川区西五反田二丁目内にある土地 4 筆
(同土地上の建物は、売買の対象外)
本人性
4 月 29 日(土)、T司法書士が代表社員を務める司法書士法人J に電話がかかってきた。
「こないだの仮登記、終わりましたか」
そう訊いてきた声の主は、S社のO次長であった。
――せっかちやなぁ。
T司法書士は内心でそう苦笑しながらも、
「あとで確認してメールしますね」
と、応じた。すると、O次長は、
「知り合いの不動産業者から、西五反田の土地を買ったみたいだけど、
Eさんは大丈夫なのか、などと質問されたんですよ。それで無事完了したか気になりましてね」
と、話してきた。
――まさか、なりすましてるなんてないやろな。
T司法書士は仮登記が完了したことを確認すると、O次長にメールでそれを報告し、
さらにつぎのように続けた。
「よって、提出した書類に不備はなかった、と法務局が判断したことになります。
ただ、あくまで形式的審査の結果にすぎませんので、本人性を疑われるのでしたら、
ご本人だけが保有する情報・書面を提示できるかより踏み込んだ調査をする必要がございます。
個人情報保護法等との兼ね合いがありますので難しいところですが、高額決済との理由で、
①複数の本人確認資料(顔写真付きがベスト)の提示
②以前、お知り合いの弁護士が作成していた本人確認情報を
万が一に備えて私も作成しておく必要があるという事情をお伝えした上で、本人しか知りえない情報を聴き取る
③登記手続に必要な範囲内での個人情報の取得(戸籍謄本等)
④本人確認情報を作成した経緯を弁護士に問い合わせて本人性を確認する
などの調査を踏ませていただくことを検討しております。
その前提として、まず月曜日に法務局で登記名義の履歴調査を行います」
調査結果
5 月 1 日(月)、T司法書士は、管轄法務局で登記名義の履歴調査を実施し、
対象不動産の最も古い昭和 37 年(1962 年) 3 月 30 日の登記簿謄本を取得して確認したところ、
履歴等は一致していた。
また、Eが持参した権利証の写しを登記官にみてもらったところ、
「原本ではなく、また実際に申請がなされたものではないから具体的な見解は出せませんが、
当時の様式と比べて明らかに不自然であるということはないと思います」
との回答であった。
T司法書士は、これらをO次長に報告した。
仮登記完了時点での対象不動産の登記情報(権利部 甲区)
1番 所有権移転 平成2年4月19日受付第11xxx号
原因 昭和50年12月23日相続
所有者 品川区西五反田二丁目x番w号 E
2番 所有権移転請求権仮登記 平成29年4月24日受付第12xxx号
原因 平成29年4月24日売買予約
権利者 東京都千代田区永田町二丁目w番x号○×ビルxxx I HD株式会社
2番付記1号 2番所有権移転請求権の移転請求権仮登記 平成29年4月24日受付第12xxw号
原因 平成29年4月24日売買予約
権利者 大阪府北区大淀中一丁目x番x号 S株式会社
内容証明1
連休が明けてから間もない5月10日(水)、T司法書士のもとにO次長から電話がかかってきた。
「本社に内容証明郵便が届いたんですけど、どないしたらええんかわからんで困ってるんです」
「誰からですか?」
「Eさんです」
「Eさん……⁇ それで、何て書いてあるんですか?」
「これから送りますんで、確認してもらえます」
ほどなく送られてきた文書の内容に、T司法書士は大変驚くとともに、困惑した。
「仮登記がされ、驚いている。私は売買契約などしていない。仮登記を抹消せよ」
などと書かれてあったからである。
――パスポートを確認して、実印までついたのに……。あれはいったい何やったんや――。
そんなおもいで、T司法書士は、去る4 月 24 日に売買契約に立ち会った際に、
パスポートの原本確認
権利証の原本確認
印鑑証明書との印影の照合
等で本人確認を行ったこと等を記載した業務報告書とともに、
「司法書士が行う本人確認の手段としましては、他に
①本人限定受取郵便(特定事項伝達型)…郵便局による本人確認
②身分(身元)証明書の取得…役所による本人確認
③相続登記で使用した戸籍謄本、固定資産税納税通知書、領収書の提出
があります」
と、O次長にメールで送った。
内容証明2
翌5月11日(木)にも、O次長から電話があった。
「また内容証明郵便がきました。こんどは2通です」
驚いたことに、2通ともS社とともに司法書士法人Jが名宛人として記されていたのである。
――どないして登記を行った司法書士がわかったんや。
(申請書類は、利害関係人しか閲覧でけへんやろ……)
T司法書士は、内心焦りつつも受話器を取り、管轄法務局に電話をかけ、
「第三者が登記申請を行った司法書士を知るやり方って、どんなんがありますか?」
と、たずねたところ、
「不動産の所有者本人が来れば教えますよ。代理人なら、所有者の委任状が必要です。
委任状は、実印でなくてもかまいません」
とのことであった。
――ほんまもんの所有者が、閲覧したかもしれへん。
そう考えたT司法書士は、Eの本人性に疑いをいだき、
「Eさんご本人にお会いして、内容証明に書かれてある内容の事実を確認した方がよいと思います」
と、O次長に電話で助言した。
それなのに、5月25日(木)にO次長から電話があり、
「6月1日に決済することになりました。前日の5月31日に最終打合せをします」
と、伝えられた。
――大丈夫なんかな。
T司法書士は、不安に苛まれた。
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