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中国史人物伝

減竈の計にかかり 孫臏を達した 龐涓 (戦国 魏)

物語の『三国志』は、諸葛孔明と司馬仲達の知恵比べでクライマックスに達する。

遠征中の孔明は、魏軍に大勝した直後に、劉禅皇帝から帰還命令を受けた。

勅命とあらば、戦況有利といえど引き揚げるしかない。

その際、孔明は諸将にこう命じた。

「野営地に二千の竈を掘らせ、次の日には四千、さらに次の日には六千、というように

退くごとに竈の数を増やしてゆき、五日目には一万の竈を掘れ」

竈の数を増やして寡兵を多くみせることで、魏軍の追撃を防ごうとしたのである。

果たして、仲達は反撃を恐れ、深追いしなかった。

そのため、孔明は全軍を無傷で帰国させることができた。

たいへんおもしろい話であるが、これは『史記』にある

孫臏(注)が龐涓をあざむいて大勝した計を参考にした創作である。

魏の将軍龐涓は、斉の軍師孫臏にとって因縁の相手であった。

紀元前四世紀、戦国時代の話である。

注:孫臏は、臏刑(足切りの刑)を施されたために便宜として孫臏と呼ばれるが、
その本名は伝わっていない。

中国史人物伝シリーズ

目次

嫉 妬

龐涓は若いころ、将来の出世を夢みて兵法を学んだ。
かれは門下で頭角を現し、孫武の子孫と称する斉出身の孫臏と肩を並べた。
龐涓は、うわべでは孫臏と親しくつきあってはいたものの、
――孫子には、とうていかなわん。
と、内心ではいつも劣等感をいだいていた。
龐涓は魏で仕官を果たし、恵王に気に入られ、将軍に昇った。
かれは使者を出してこのことを孫臏に伝え、
「一緒に魏王に仕えませんか」
と、魏に招いた。
孫臏がこれに応じて魏にやってきた。
「やあ、よく参られた」
龐涓は孫臏との再会を喜んだものの、その才能を嫉み、
――この男に出し抜かれるであろう。
と、恐れ、孫臏を恵王に推挙しなかったばかりか、強引に法に当てて罪を被せた。
「臏」
ならびに
「黥」
これが、孫臏に処された刑罰である。
臏は腓刑、すなわち両足を切断する刑で、黥は額に入れ墨をする刑である。
いずれも重刑であり、通常、課されるのはいずれか一方のみである。
それを、ふたつも課された。
孫臏が犯した罪は、それほど重かったのであろうか。
ともかくも、龐涓は孫臏を仕官できなくしたのである。

逸 失

龐涓は、恵王の命で兵を率いて魏の首都である大梁を離れた。
帰還すると、孫臏のすがたが見当たらなかった。
この間、かれの出身国である斉の使者が魏を訪れていた。
孫臏がすがたを消したのは、斉の使者が去った後であるという。
――くそっ、逃げられたか。
龐涓は、ひどく悔んだ。
紀元前三五四年、魏は桂陵で斉と戦って敗れた。
春秋時代の晋から中華の覇権を継いだ魏からすれば、
――斉は、弱い。
というのが常識であった。
それが見事に覆された。
斉の将は、田忌であった。
しかし、龐涓にはたれが魏軍を破る計を立てたのかわかる。
――孫子じゃ。孫子のしわざじゃ。
龐涓は、孫臏を逃がしたことをより後悔するとともに、
――孫子め、いつかきっと報いてやるぞ。
と、魏のために雪辱を期す機会をうかがった。

馬陵の戦い

出 師

紀元前三四二年、龐涓は恵王の命を受け、兵を率いて韓を攻めた。
その最中、偵諜から、
「斉軍が攻めてきます」
という急報に接した。
――韓を援ける。
斉がそう称して魏の首都である大梁にむかって進軍しているという。
――孫子がくる。
内心手を拍った龐涓はただちに、
「全軍、引き揚げよ」
と、命じた。
魏領に戻ると、斉軍はすでに国境を突破して西進していた。
「都が危ない。斉軍を追え――」
龐涓は、全軍にそう命じた。

しばらく進むと、斉軍が宿営したあとがあった。
そこには、おびただしい数の竃があった。
「数えよ」
龐涓は配下にそう命じた。
「十万です」
「十万か……」
――孫子が、これだけの大軍を擁しているのか……。
龐涓は肝を冷やしたものの、追撃を続けた。
つぎの日、再び斉軍が宿営したあとに出くわした。
――昨日より少ないのではないか。
そう感じながら配下に竃の数を数えさせたところ、
「五万です」
――半分逃げたか。
さらに一日行軍すると、やはり斉軍が宿営したあとがあった。
――だいぶ減ったな。
「三万です」
配下の報告を聞いて、
「斉軍が臆病なのはもとより知っておったが、わが領地に入ってから三日で半分以上の兵が逃亡したぞ」
と、龐涓は哄笑した。
――孫子よ、首を洗って待っておれ。
龐涓は歩兵を置いて軽騎だけを率い、夜を日についで倍の速さで斉軍を追いかけた。
このとき龐涓は追撃にかまけてしまい、斉軍が大梁とは違う東北方へ進路を変えていたことを深慮せずにいた。

死 場

猛追をつづける龐涓たちを包む空が暗くなった。
進むにつれて道巾が狭くなり、その両側は険しく迫っていた。
――ここに伏兵がおかれれば、ひとたまりもないな。
龐涓は背すじが凍るようなおもいで後ろをふりむき、
「ここは、どこか」
と、配下に訊いた。
「馬陵です」
「そんなところまできたのか」
そうつぶやいた龐涓は、
――あれは……。
と、近くにそびえ立つ大樹に目をやった。
幹に何やら字のようなものが彫られている。
「火を――」
龐涓は目を凝らして幹に刻まれた字を読んだ。
――龐涓死于此樹之下。
「龐涓、この樹の下に……」
読み終えるまえに、八方から矢を浴びせられた。
少数となっていた魏軍は逃げまどい、潰走するしかなかった。
――終わったな。
龐涓は諦観し、
「これできゃつに名をあげさせたな」
と、いい、自刎して果てた。

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