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中国史人物伝

孫呉三代の仇敵 短気な老将 黄祖(後漢)(1)短慮と僥倖と

『三国志』を、呉の視点からみれば、

最大の仇敵は、曹操であり、魏であった。

しかし、赤壁の戦い以前の仇敵は、

黄祖 (?-208)

であった。

かれの部下が、荊州を攻めてきた孫堅を戦死させたからである。

黄祖は名士の禰衡を殺したことでも評判がよくないが、その実像とは?

中国史人物伝シリーズ

目次

要地夏口

黄祖は、荊州刺史(長官)の劉表から江夏太守に任じられ、夏口(漢口)に駐屯した。
劉表のいる襄陽の近くを流れる漢水(沔水または夏水とも)が江水(長江)に流れ込む場所が、夏口である。
その東方、長江の下流域は、呉の版図である。
呉が長江を遡って荊州へ勢力を伸ばすにあたり、最初の攻略目標が、交通と軍事の要衝である夏口である。

襄陽の戦い

初平三年(一九二年)、孫堅が袁術の命を受け、荊州に攻めこんできた。
「邀え撃て」
黄祖は劉表の命を受け、樊城・鄧城のあたりまで進軍し、孫堅軍と戦ったが、打ち破られた。
黄祖は漢水を渡り、襄陽に逃げ込んだ。
ほどなく、襄陽は孫堅軍に包囲された。
――このままでは、全滅じゃ。
黄祖はわずかな手勢とともに敵の包囲をかいくぐって城外に出て、峴山に潜んだ。
赤い幘(頭巾)を被った部将が、単騎で山径を駆けてくるのがみえた。
「あれは、孫堅じゃないのか」
ある兵士が、その将を指さしながら、そうつぶやいた。
孫堅は、いつも赤い罽幘(毛織の頭巾)を被っていた。
「うむ、きっとそうに違いない」
他の兵がそう応じると、その兵は矢をつがえ、弓を引きしぼった。
かれは山径を動く赤い幘に狙いを定め、木や竹のしげみの間から矢を放った。
矢は部将に中たり、馬から落ちた。
果たして、その将は孫堅であった。
孫堅は、黄祖の兵が放った矢に中たり、絶命したのである。
以後、黄祖は孫堅の遺児から仇敵として執拗に狙われることになった。

名士禰衡

建安三年(一九八年)に、黄祖の長子である黄射が、劉表の命により、ある男を黄祖のもとへ連れてきた。
かれの名は、禰衡という。
禰衡には才弁があり、二十六歳という若さながら名士として知られる。

碑 文

黄射は、禰衡ととても仲がよかった。
かつて二人で一緒に遊び、蔡邕が作った碑文を読んだ。
黄射はその文辞を愛したものの、
「なにゆえあの碑文を書き写さなかったんだろう」
と、悔やんだ。
「われは一度みただけだが、よく憶えている。ただ、石が欠けていたところがあって、二字だけわからない」
禰衡がそういうと、黄射は、
「本当か。じゃあ、碑文を書いてもらえまいか」
と、禰衡に頼みこんだ。それに応じて、禰衡は碑文を書きだした。
――たしかにこんな感じであったが、本当にその通りであったろうか。
内心首をかしげた黄射は、使者を出して碑文を書き写させた。
両者を照合すると、完全に一致していた。
禰衡の強記ぶりに、感服しない者はいなかった。

鸚鵡賦

黄射が、賓客を多数集めたことがある。
そこに、ある客が鸚鵡を献上した。
「先生、これに賦して、賓客たちを娯しませてくださらんか」
この黄射の求めに応じ、禰衡は筆をとった。
即興で作った賦であるにもかかわらず、非常に美麗な文辞に、満座はすっかり酔いしれた。

舌 禍

禰衡は弁舌さわやかで議論がうまく、黄祖の機嫌をとった。
お調子者の黄祖は、禰衡を丁重にもてなした。
黄祖は、禰衡に文書を代筆させてみた。
できあがった文書をみて、黄祖は、
「わが意を得たり。われが腹中でいわんとすることそのものじゃ」
と、大喜びした。
黄祖は禰衡をすっかり気に入ってしまい、いつも同席させ、客との会話に加わらせた。
田舎者はとかく都会のものをありがたがって、珍重するきらいがある。
夏口で、禰衡の評判が日に日に高まった。
ところが、黄祖に馴れてしまうと、禰衡の本性があらわれるようになった。
かれは口が悪く、たれに対しても口ぎたなく罵った。
これがため、都を逐われ、劉表のもとから出されたのである。
黄祖に対しても遠慮しなかった。
黄祖は蒙衝(駆逐艦)の船上で、賓客たちをもてなした。
ここでも、禰衡は不遜な発言を乱発した。
「孺子め、場をわきまえよ」
黄祖は恥じて、禰衡を叱りつけた。
禰衡は萎縮するどころか、黄祖を睨みつけ、
「死にぞこないめが、なにをほざくか」
と、いい返した。
黄祖は嚇怒し、禰衡を指さしながら、
「ひっ捕らえよ」
と、部下に命じた。
「そんなにわれが怖いのか――」
禰衡は、なおも黄祖を激しく罵倒した。
――その口を、利けなくさせてやるわ。
黄祖は恚怒し、
「こっ、こやつを殺せ」
と命じた。
黄射がそれを聞きつけ、父のもとへ裸足でやってきて、
「お待ちくだされ――」
と、叫びながら、禰衡の赦免を請うた。
しかし、すでに禰衡は刑場の露と化していた。
――早まったことをしてしもうた。
黄祖は禰衡を殺したことを悔い、手厚く斂葬をおこなった。

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